絶叫機械-残酷物語 -3ページ目

『GoGo』 第一話 『少年Q』

「貴方の望むものは何?」
 お母さん、僕は今、広い荒野をただひとり走っています。
 背後の空がだんだんと紺から紫へとかわっていきますので、朝が近いのだろうと思います。
 聞こえますか、聞こえますか?この通信を聞いている、世界の全ての人に祈りを。
 あなたの夜が平和でありますように。
 十二の金属片を頭部に埋め込まれた僕から発振するパルスは12万メガヘルツ。
 虚空を飛んで君の周りをひとめぐり。

「あなたののぞむものはなに?」
 瘠せた少女の神様が、こっちへいらっしゃいっててまねきしています。
 殺せ殺せ殺せって命令するので、どうしようもないので僕は右手に引き摺っている角材を掌から引き剥がしてその角材にこびりついた赤くて黒い嫌な匂いのする、あれは血ですね、血を見て吐いたのです。
 ロビンと名乗るその少女から、金属の円筒をあずかった僕はただ命ぜられるまま西へ西へと駆け進む。
「こちらは第37監視塔脱走者を発見せり直ちに捕獲処刑を遂行」
 受信機を逆に嵌め込めば発信機になる、中学で習っただろう?
 手回し発電機に通電させればモーターになるという真理。
 絶対の魔物は脳髄の外に出てひとやすみ。
「あぁ愉快だな、ご馳走ぢゃないか」

 狂っているのはあなたですよ。
 狂っているのはあなたです。

「あなたのぉのぞむものはぁなぁに?」
 ゆらりゆらりゆらりゆら天国から見守っていてね。
 半ズボンをはいた少年たちの合唱隊がコーラスを響かせる。
 金属の円筒を説明書どうりに展開してゆくとホラ、立派なパラボラアンテナのできあがりです(素晴らしいなあ)。
 床にしみがひろがってゆく、ひろがっては戻って、まるで呼吸をしているみたい(それは目の錯覚です)。
 歌をきいたのです、こめかみから刺さって反対側のこめかみへ、ナイロンの輪がぐるぐると回転するような歌(御心のままに)。
 パラボラアンテナには僕を誘拐した宇宙人からのメッセージが
「愛が地球を救うんですよ?」
 足がもつれて倒れた。

「あぁなたのぞむもののはななぁぁに?」
 地面に倒れたぼくの首。
 背後から迫る朝の指。
 十本十本あわせて二十本。
 僕の首筋へ顎の下へなめらかによりそうように嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
 お母さんが言いました「あのこは昔からこころの弱い子で」
 知っています、海よりも深くお母さんの目に誓います。

「あぉあんもぼうぼぅばぁああああいぃぃぃぃ?」

葬列

アムステルダムに行きました
僕はここで太鼓を叩いて
君が踊るのを見ています
踊るのは君の役目ですからね

おどろくぐらいの大きな声で
死体を貪るおおきな鳥が
君には休暇が必要ですと
おそらのおうたをうたいます

結うことを知らない女の子が
銃弾をよけては拍手喝采
晴れた空に刃を向けては
行方知れずのお兄さんを探す

僕らの船は沈んでしまいます
気候が大変不順ですから
飛行機が教会の上を飛ぶ
おばさんは今もお元気ですか

何をしていたんだろうねえ

 担当編集の春日さんが座ってるはずの席には、腐れ縁の岸本が座っていた。
「お前何やってんの」
 おれに気づいた岸本は、持ってた雑誌の読みかけページに指を挟んで、店員を呼んだ。
「コーヒー、ふたつ」
「お前もう飲んでんじゃん、何頼んでんの」
 座りながら言うと、岸本は雑誌を開きながら「あー」とか「うえ?」とかいうような意味の音を吐いた。
「春日さんは」
「あー、風ー邪ー」
 岸本が読んでいるのは、週刊マンガ雑誌だった。マンガを読んでる時の岸本ほどのバカはいない、口を半開きにして、目はうつろ、金壷眼の奥で小さい黒目がクルクル動いてる。
「なんだよ、お前来るならメールでよかったのに」
「仕方ないじゃん、春日さんモニターじゃ読まないって言うんだから」
「あ、持ってくんだ……ってお前がプリントしろよ、ていうか何マンガ読んでんだよ、原稿見なくていいのかよ」
「うぁう、ちょっと待って、ちょっちょっ」
 おれは呆れて目を閉じた。こいつは本当にクズだ、どうしようもない奴だ。次に目を開けた時、こいつの醜い顔が目に入るのが嫌だったので、首を90度左にまわし、ゆっくりまぶたを開いた。
 隣の席で、黒いスーツの男が、胸を抑えて苦しんでいた。
 病気かな、おれには関係のないことだ。27年も生きてると、他人の心配なんてしていられなくなる。戦争とか、政治とか、捨て犬とか、そういう関係ない世界のことを心配できる奴は、親が金持ちでヒマなのか、よほどのお人よしなだけだ。
 男は目に見えるほど大粒の汗を垂らしながら、必死で痛みに耐えているようだった。
 おれはなんとなく男から目を離した、必死で無関心であろうと決めただけだ。
 必死で。
 おれが顔を戻すのと、コーヒーが来るのと、岸本が雑誌から目を離すのは、ほとんど同時だった。おれは一生、こういうくだらない事で人生の運の大半を使い込んでるんだろうなあ、と思った。
「すげえよこれ面白ェなあやっぱ才能ってのは確実にあるところにはあるナ!」
「ねえところにはねえな。早く読めよ」
 岸本はまずそうにコーヒーをすすりながら、おれの書きかけの原稿を読み始めた。
----
『白い熱情の記憶』

 「答えなさい、どうしてあんなことをしていたの?」
 むらかみせんせいは、紅いくちびるをぐいぐいうごかして、ぼくにひどかことば聞いた。
 このむらはしけっとるけん、ひるともなりゃ、からだじゅうがじーっとり、あぶらまいたごたるねばる。むらかみせんせいの白かシャツも、しけってはだにはりついとった。
 はだにはりついとぅ白かシャツは、すけて、うすいももいろになる、ぼくは、むらかみせんせいのももいろのはだを見ながら、ちんぽを立てとった。

 「先生、起きてください、小林センセ、授業ですよ、センセ」
 一本一本繊維がほどけるように、私は眠りから覚醒へと引き戻された。全身の感覚を思い出し、椅子のふちにひっかけた腰のしびれを感じる。肩を叩いていた生徒の誰かは、私がうなったのを聞いてどこかへ行ってしまった。
 まぶたを押し広げると、午後の陽光が窓から部屋を舐めているのが見えた。反射的に閉じようとするまぶたを押し広げながら、私は姿勢をたて直し、椅子に深く腰掛けた。
 幼い欲望の発露か、私は生臭い夢の残滓を舌の上でもてあそびながら、窓の外へ視線を泳がせた。
 どうしてあんなことをしたのだろう。
 村上先生は私が小学三年生のときの担任で、座右の銘は臥薪嘗胆
----
「担任で、担任で、えーと、だからなんだよ、これ何が言いたいの、何、芸術なの?バカかお前、全然面白くねえよ、全然面白くねえ、バカ、お前何書いてんの、お前の職業なんだよ、お前の職業。ポルノ作家?そのとおり!大先生でございますよ!その大ポルノ作家がだよ、何これ、バカじゃないの?」
 岸本はたぶん、臥薪嘗胆が読めなかったんだろう、バカだからだ、こいつはおれのデビューと同時に編集部に入って、バカだから全然出世してない、こいつの担当した新人は全部つぶれるし、春日さんはパーティーでこいつのバカさを話の種にしてる。こいつはおれにしか威張れない、可哀想な奴だ。でもおれだって同じだ、おれは自分のポルノに誇りを持ってるが、はじめた理由は書くのが楽そうだったからだし、今だってエロシーンだけならいくらでも書ける、ただそれ以外の、普通の小説みたいな部分が全然書けないだけだ。それに、おれだって臥薪嘗胆なんて字は読めても書けやしない。パソコンを買ってから、おれの低かった文字を書く能力は、ゼロになった、どんな言葉でも変換すれば簡単に出るし、書くのに苦労もいらない。前にどこかの翻訳家が「潜水艦とペンで書くのとSubmarineとタイプするのと、どっちが楽だと思ってんだ」って怒ってた話を読んだことがある。おれは英語がわからないから、SENSUIKANとタイプするのが一番楽だ。
 インターネットで調べればたいがいの言葉はわかる。そういやインターネットでおれの名前を検索しても誰も話題にしてない、同業の平田がすげえ出てきたので読んだらものすごい悪く書かれていて笑えた。だが、無関心よりはマシな扱いだろう。インターネットなんかで人の悪口を書いてる奴はバカしかいないと思うが、そんなバカにすら読まれてないおれの本はいったいなんだっていうんだ?
「おいお前お



 まず白い光が見えて、次第に色がついた。煙だか埃だか、目の前にある白いもやは、ゆっくり晴れていった。おれははじき飛ばされて、ずいぶんレジの近くまで来たらしい。床に寝転がった体を起こすと、背中と足が熱いくらい痛かった。耳には「ジー……」という音しか聞こえない、床を踏む音とかは聞こえるから、鼓膜が破れたわけじゃないみたいだ。おれはずるずると足をひきずりながら、喫茶店のドアを開けて、外の通りへ出た。視界がぼやけてものの輪郭がはっきりと見えない、どうしたものか、おれ、死ぬのかな。手を顔にやると、ぬる、としたいやな感触がした。ヒタイがさけて血が出てるらしい、経験からすれば、ヒタイから出る血で死ぬことはないが、脳がやられてるとやばい、後からくるんだ脳は。
 顔に垂れる血をぬぐいながら、おれはメガネを店の中に落としたことに気づいた。
「あ、えーと、岸本、大丈夫?」
 おれは間抜けな声を出しながら、店内へ進んだ。
「うあ?」
 おれに負けないほど間抜けな岸本の声が聞こえた。
 目をこらすと、煙の中に、グチャグチャになった店内が見えた。ガスかな、爆発したみたいだ。ひっくり返った椅子の下から岸本が這い出して、うなっている。岸本の顔は真っ白だった、おれが笑うと岸本は心配そうに「お前大丈夫か?」と言った。おれはおれで、血まみれだったからだ。
「原稿、なくなっちゃったな」
「メールで送るよ」
「めんどくせえ」
 何だかんだ言って、おれと岸本は友達なのだな、おれは笑った。
 煙が晴れて、すっかり店内が見渡せるようになると、おれの悪い目にも隣の席が爆心地であることがわかった。どうやら苦しんでいたあの男が何か爆発物でも持っていたらしい、こんなに近くで爆発したのに生きていたんだ、おれたちはよほど運がいいんだろう。岸本はおれを気遣って椅子に座らせると、表へ救急車を呼びに行った。
 入れ替わるように、おれの目の前に、全身タイツを着た変なのが現れた。
 変なのが野太いのにさわやかな声で言った。
「危ないところだったね、これでもう安心だ、君の作り出したこの秘密文書は預かった、あとで読ませてもらうよ」
 顔に丸い仮面のようなものをつけていて、口だけ出した男が持っているのは、おれの書きかけの原稿だった。
「あの、それ」
「君の隣に座っていた黒いスーツの男は組織の改造人間でね、君の書いた秘密文書を」
「ちょっと、あの、秘密文書って何、それおれのなんだけど」
 仮面の男はニカっと笑うと、真っ白な歯をきらめかせた。
「気づいてないのも無理はない、君は偉大なる正義の宇宙意思によって操られて、この宇宙の仕組みを書いたんだ、もちろん文面は君がいつも書いている小説に似せてあるが、しかるべき手順を踏んで解読すれば、大統一理論すら解明できるほどの素晴らしい文書なんだよ!」
「……そんなの、何で、じゃあ、あの人、爆発しちゃったんですか、単におれから、盗んだりすればいいのに」
「爆発?ああ、これか、これはね、我々が開発した局所指向型特殊マイクロ波放射装置で……」
「お前がやったのかよ!」
「偉大な理想の前に犠牲はつきものだ!君はやりとげた、この小林先生が小学生時代にやっていたこと、これこそ宇宙の秘密を解く鍵になる、秘密基地に帰ってこの文書を解読するのが楽しみだよ!これがヒーローとして生きてきた僕への最大の報酬となるだろう…おお!」
 さてさて、小林先生は、いったい何をしていたんだろうねえ、その続きはまだ書いてないんだ。
 おれがニヤニヤ笑ってる間にパトカーが停まって、ヒーローは消えてしまった。


 それ以来、ポルノは書いてない。

2002年10月7日

 相変わらず、おれは糞のような仕事をしている。
 どこかで穴を掘ってそれを埋めるような仕事はないか、そのほうが百倍も増しだと思えるような、そんな仕事だと思って頂きたい。
 おれは自分のケツの穴を舐める気持ちで人様に笑顔を振り撒く。
 糞だ、糞を塗りたくった顔だ。
 俺の人生は糞のようなものだ。
 ベルトコンベアの上を糞が流れていく。
 糞には刻印が押してあり、それが価値あるものだと示している。
 やがて俺は同僚の女性店員の顔を見ながら、その肛門を想像した。
 すると、その端正とは言い難い愛嬌のある顔の上に、コインのようなものが回り始めた。
 コイン状のそれは切り取った肛門で、唇の端と同じような桃褐色の愛らしい姿を見せて、回っていた。
 やがて、客の頭上に、それぞれの肛門が回り始めた。

 かろかろかろかろかろ。

 ボールペンで自殺する方法。鼻に刺しこみ、てのひらで上に突き上げる。
 うまく行けば脳にボールペンが刺さるだろう。
 ボールペンの尻をノックすると、そのたびに俺はびくんと跳ね上がる。
 ノック
 ビクン
 ノック
 ビクン
 ノック
 バタン

 そしてまた夜が来る。
 眠れぬ、音がないと眠れぬ、耳の中に無理から進入する音がないと、俺の脳はどうでも良い音ばかりを拾うようにできているので、いつまでたっても眠れない。
 ラジカセはどこへ行った、部屋がごみと本と服ですり鉢状になっているから埋もれているのは間違いないのだが、見つからぬ。

 寝ていないから思考も分散する、俺は布団をはねのけて、はたと窓を睨んだ。

 白んでおる。

 夜はどこへ行った、俺の夜は、糞、脳がずれる。

 10月7日、原稿は遅々として進まぬ、11月の公演まであと一月を切った、頭蓋がかたむく、朝日を受けてちろりちろりと俺の尿が空を飛ぶ、ここは地上三階、落ちれば死ねるやもしれぬ、長い尿条が途切れるまで、俺の逡巡は続いた。

 

 その日の夜、俺は階下の住人に金属バットで殴り殺された。

日曜日に君は

そして全てを君にあげよう
それを憶えている
それを知っている
死ぬ前の君のものだったからだ
それはキチガイ沙汰だと
多分君は知っている
その上にあるもの
道を行くもの
それは簡単に操作されて戻ってくる
輝きが見える
ここに戻ってくる
できるできる
昨夜済んだ事だった
できる全てできる
してみよう
それをしてみよう
破壊しよう
さあ
やってみよう
さあ
やってみよう
ぶっこわしてしまおう
望んでみよう
さあ
やってみよう
ぶっこわしてしまおう
君の知らないことを全部教えてあげよう
それで魂はぶっこわれてしまう
さあやってみよう

土曜日の夜に影の中から新しい神様がやって来る
楽しもう
望ましい世界を手に入れよう
土曜日の夜に影の中から新しい神様がやって来る
君の知らないことを教えにやって来る
全てを知って君は新しくなる
日曜日に君は新しくなる
眠ると深い紫の夢を見る
死体が花束を持って立っている
君には意味がわかる
君には意味がわかる


日曜日に君は新しくなる

ぜつぼう

よく泣く友達がいた

映画を観ては泣き、本を読んでは泣き、泣いた話をしては泣いた
夕陽を見ては泣き、空を仰いでは泣き、泣いて泣いてまた泣いた

なぜそんなにも泣くのかと訊いたら、こう答えた
「私は世界に絶望している、だから希望を見ると泣く」
僕が「なぜ絶望するのか」と問うと

彼女は黙って

まどのそとをみた

 ぜつぼうはしのびよる
 ゆうぐれにゆっくりと
 われわれはのぞみなく
 ただよこたわってなき
 しをまつばかりだった

何が彼女を救えただろうか
新しい神様は何も教えてくれない




よく泣く友達がいた






いまはもういない

■夢■

感想標本の不安夢から醒めると

巨大な甲虫が窓の外に駆け出す

君は羽毛に覆われた本を持って

電波塔の近くまで僕と散歩する

それらは全て解っていたことだ


椅子の上で男が訴えているのは

もう少し天井を下げろという事

君は「ひどいものだと」呟いて

映画館の裏で僕と唇をあわせる

それらは全て解っていたことだ


寂寞に血の滲むほど手を握って

鼓動に耳を澄ませたのは昔の話

僕はこれから来る世界を祝して

君と手を繋ぎ現身の終焉を見る


それらは全て解っていたことだ

同窓会

 中学生時代を思い出すのは、とても恥ずかしいことだ。思春期の様々が、普通に思い出せるようになるには時間がかかる。そして思い出しても恥ずかしくない年齢になった頃には、すっかり細かい事は忘れてしまっている。

  数年ぶりに同窓会の通知をもらい、俺は地元へ帰った。数年前に知らせをもらった時には行く気なんてまったく浮かばなかった。今回、出席に丸をつけたのは、思春期を思い出しても恥ずかしくない年齢になったって証拠なのかもしれない。
 東京でビデオ製作会社のAPをしていた俺は、ハンディのデジカムを持って地元へ帰った。別にドキュメンタリーを気取るつもりはないが、少しだけ、気になる事があったからだ。

 同窓会の会場には、見覚えのある顔がチラホラ見受けられた。それでも十年以上会ってないと、誰だかはすぐにわからないものだ。俺は見覚えのある顔の一人に声をかけた。
「松岡、久しぶり」
「おお、来てたんだ」
 松岡はインテリの風貌を保ったまま、予想通り頭髪を後退させていた。
「下山も、鍋島も来てるよ」
 松岡と下山と鍋島と俺は、放課後の友達だった。学校の中であまり居場所がなかった俺たちが、気が休まるのは美術室だけだったから、自然と集まって自然と友達になった。十年ぶりの同窓会で、顔もおぼえていない人ゴミの中から、四人が抜け出すのは、まあ、自然の成り行きだった。
 そして、呑んでて"あいつ"に会いに行こうって話になったんだ。
 "あいつ"は俺たちと同じように学校に居場所がなくて、美術室で一緒に遊ぶ友達の一人だった。卒業の前の日に行方不明になって、それっきり。親が夜逃げしたとかなんとか。俺たちの中ではあいつは学校が嫌いだから、卒業式をサボったって話になってた。行方不明の顛末は知らない。
 それで、思い出したんだ。卒業の年の冬、美術室で話した馬鹿話。
 "あいつ"は言った。
「卒業してさ、十年後に学校が残ってたら、ここに集まって酒を交わそう、こんなくだらない所に三年間も閉じ込められてた恨みを晴らそうぜ」

 俺たちは夜の学校に忍び込んで、美術準備室の扉を開けた。見覚えのあるトルソーや、資料用の複製画がぼんやりと青く光っていた。俺たちは"あいつ"の名を呼んだが、当然人の気配はなかった。持ち込んだ酒をちびちびとやりながら、俺たちは思い出を語り合った。俺はなんとなしにビデオを回して、三人のインタビューを撮った。酒も入っていたから、べらべらと喋り、持ってきたテープはすぐに終わった。
 "あいつ"は結局朝まで現れなかった。俺たちは再会を約束して別れた。そして数日後、ビデオをダビングして送れとの電話を松岡から貰った。ビデオを観たばかりで、悄然としていた俺は、まだ観ていないから、編集して送るからと言って、電話を切った。

 多分もう二度と見ない、松岡達にも送らないだろう。それでも俺はテープを巻き戻して、再生ボタンを押した。モニターに映った映像はざらついていて、暗い校舎の中でライトも点けずに撮ったから、顔の判別も難しい。しばらくすると、俺の声がカメラの後ろから聞こえた。

「夜の校舎に集まった三人に質問です。学校は好きですか嫌いですか?」
 早送り
「嫌い嫌い、だいっ嫌い。何がって、授業が。毎日決まった時間に起きるのが苦手だったし、椅子に何時間も座っているのが苦痛だったから。あと、授業の内容が全然わからなかったから、頭悪いんだ。テストも放棄してたし。最後の頃なんて、昼過ぎに行って、美術室で絵を書いてるだけだったよ。一度だけヤンキーの、ほら、神田達と昼休みに抜け出して遊びに行ったけど、楽しくなかった。神田達は朝早くに学校に来てて、俺はやっぱり十一時くらいに行って、昼休みに出て行ったから、休んだのと同じだった。何度か改善しようとも思ったんだけど、だめ。学校行く途中に公園があってね、ベンチに座ると眠くなるの」
早送り
「好き、なのかなあ。休み時間は一人で文庫本読んだり寝たりしてた。一度さ、隣の席の女子が何読んでるの?って聞いてきたから読ませたら、それから話してくれなくなった。えーと、澁澤かな。部活は入ってたけど、文芸部。部室行ったら先輩の頭にいっぱいフケがあったから行くのやめた。あとテーブルトークだっけ、ゲームしてたから。美術室でさ、自意識満載のフリーペーパー作って、中野のトリオに置いたりしてたな。恥ずかしいなあ。授業は別に嫌いじゃなかったけど、体育は担当の教師が嫌いだったからボイコットしてた。三年間一度も出てないよ、授業も、体育祭も。でも数学と国語は出席率良かった、これ自慢ね」
 早送り
「僕は、学校好きだったな。学校に行けば皆に会えたから。僕の家は学区のギリギリにあって、小学校の友達とは別の中学になってたから、学校に行かないと友達に会えなかったんだ。朝早く学校に行くと社会科の山崎先生が花に水をやっててね、よく話をした。山崎先生は、授業中にギターを弾いたり妹尾河童の本からコピーをとってプリントにしてた先生、変わった先生だったな。僕らが3年生になった時に地方に飛ばされたんだ確か。誰かが親に「受験の為にならない」と言ったって聞いた。もっと悪い噂も聞いたけど、話したくないよ。学校っていう空間が好きだったな、毎日行く場所があるってのは、気が楽になるよ」
 早送り
「僕も大好きだったよ。だから親の都合で引っ越す時に、地元の中学校を卒業できないって聞いた時は本当に悲しかった。今思えば引っ越した先の中学校で卒業したって、同じ卒業なんだけどさ。その時は全然違うと思ったんだ。だから誰にも言わないで屋上に行った。月がすごくきれいで、その時さ、なんでか『もう同じ月は見れない』って思っちゃったんだ。涙が出てきてね、もうそうするしかなかったんだ。だから僕は、今でもこの校舎にいる」

 

■棺■


遠くから鐘の音

僕は丘の上

君は海の底

昨日から上の空


理解から遠い国

外は針の渦

波は風の性

遺体から届く文


未来から還る船

唄は神の指

砂は凪の許

舞台から叫ぶ声

三人の少年

三人の少年が、遠くに浮かぶぼんやりとした輝きに目を奪われた。
「ああ、あの輝きが欲しいなあ」
輝きは彼達に名誉や富を与えてくれるように見えたし、何よりその輝きを見ていると彼達は心が安らいだ。
一人の少年は、輝きに至るまでの道筋を調べる為に、村の古老の家に行った。
一人の少年は、輝きに至るまでの道を、正しく進もうと決めた。
一人の少年は、とりあえず輝きを追いかけて走り出した。

一人目の少年が村の古老の家に着き、輝きの事を話すと、古老は言った。
「輝きへ至る道筋などはない、輝きをもう一度よく見なさい」
少年は、古老が答えをくれなかったので、ガッカリしてもとの場所に戻った。
古老の言う通り、輝きを良く見てみよう。
少年が目を細めて輝きを見ると、中には怖い顔の鬼や獣が潜んでいた。
少年は、恐ろしくなって、輝きから目をそらした。
すると、目の前に可愛らしい少女がいたので、彼はその少女と結婚した。
少女の為に狩りをしていると、遠くの輝きはいつのまにか見えなくなっていた。

二人目の少年は分岐点に立って考えた。
「どちらに進んだら危なくないだろうか」
右に一歩進むと、背後から怒声が飛んだ。
「そっちへ行くな!」
「おお危ない危ない、左が正しいのだな」
少年は、左側へ進んだ。背後からは
「そっちは良くないよ」という優しい声がしたが、少年には小声の忠告が聞こえなかった。
しばらく進むとまた分岐点があった。
「さっきは右に進んで怒鳴られたから、今度は左に進もう」
少年が左に進むと、また背後から怒声がした。
「こら!決まりごとをやぶるな!」
びっくりして辺りを見まわすと、壁には
【法律だから右へ進め】と書いてあった。
言葉の意味はわからなかったけれども、とりあえず少年は右へ進んだ。
背後からは優しい声が「右は遠回りだよ」伝えた。
彼は少し気になったが、怒鳴られていないので構わず進んだ。
ずいぶん歩いた気がしたので振り向くと、最初の場所はまだ近くにあった。
少年は、ほとんど進んでいなかった。
「一生懸命歩いたのに!」少年は苛立った。
それでも歩く事はやめなかった。輝きはまだ遠くの方にあって、少年を魅了した。
やがて、疲れた彼は、いきどまりに辿り着いた。
「右も左も怒られる、どうすればいいんだろう」
まわりには、彼と同じようにぼんやりと立っている人ばかり。
皆、怒られないように、決まりを破らないように、じっと黙って立っていた。
ぼんやりとした輝きを探すと、いつのまにか輝きはどこにもなくなっていて、辺りはどんよりと濁った空気になっていた。
彼は泣いた、泣きながら思った。
「なぜだろう、僕は怒られない方へ進んだのに」
立っていると、頭の上から怒号が響いた。
「歩け!」
少年はびっくりして歩き出したが、いったい自分が何の為に歩いていたのかはすっかり忘れてしまっていた。 

三人目の少年は、走り出してしばらくすると目の前の輝きがなくなっている事に気付いた。
「近づくと、なくなってしまうのかなあ」
横を向くと、遠くの方に更なる輝きが見えた。
「あ、あそこにあったんだ」
少年は、もう村に帰る事など考えてはいなかった。輝きを追いかけて走っていると、楽しかった。
しばらく走っていると、自分の後ろを走っている他の村の少年の姿に気付いた。
「どうして走っているんですか」と少年が聞くと
「君が楽しそうに走っていたから」と他の村の少年は答えた
そうやって、少年のまわりを走る者は、だんだんと増えていった。
中には、少年に走りのフォームを教えようとする者や、少年を転ばせようとする者もいた。
それでも少年は気にせずに走った、耀きにはいつまでたっても辿り着かなかったけれど、楽しかった。
やがて少年は走り疲れて死んだ。
最後まで、自分が他の者にとっての輝きになっていた事には、気付かなかった。

おしまい