絶叫機械-残酷物語
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うそ日記

とかいう企画の話

みんなにお知らせがある。
実はぼくはもう、みんなの知っているぼくではない。
あるときはプロレスラーになったり、またあるときはゆうこりん(小倉優子)の彼?になったりする、ふしぎなそんざいになったのだ。
プロレスラーというのは職業で、ゆうこりん(小倉優子)というのは何だかわからないが、その彼なのだからゆうこりん(小倉優子)は彼の性奴隷であり、性奴隷を飼うのだからゆうこりん(小倉優子)の彼?というのはゆうこりん(小倉優子)を性奴隷にしている?かも?といった不確定要素の強いそんざいだ。
 もうわかっただろう。
 そう。ぼくは、ブログ上で綴られる、うその人間、つまりうそ人間なのだ。
 ぼくの書くうその日記は、可笑しくも微笑ましく、新鮮な感動をきみたちに与えただろう、そうに違いない、そうあれかしと願う。
 そんなぼくの日記(もちろんうそだが)に衝撃を受けた連中が、企画ブログを立ち上げて、ぼくの「うそ日記」を募集している。
 彼らにとっておもしろい作品は書籍化されるらしい。
 「うそ日記」の応募条件は、こうだ。

■自作自演(オリジナル)の作品であること
 これは問題ないだろう、なぜなら"うそ"というものに模倣は存在しないからだ。
 低脳なきみたちのために説明してあげよう。うそというのは真実ではないということだ。だが、完全な虚構、つまり参照元を必要としない完全な独創というのは、うそとして通用しない。つまり、模倣の元になる共有知識(プロレスラーという職業であったりゆうこりんという生物やそれに対する性的欲求等)を参照しなければ、それがうそか本当であるかはわからない。
 真実ではないという一点を明確にすることによって、あらゆる模倣作品に対する「それはオリジナルではない」という批判は無効化する。
 もちろん主催者側が「うそ日記」というアイディアがオリジナルではないということ(つまりこの企画そのものがうそであるというテーゼ!)を理解しているのは当然なので、ぼくの得意なコピペやパロディやオマージュなどが自作自演(オリジナル)として評価されないわけがないのである。

■誹謗中傷作品ではないこと
 これも簡単だ。誹謗中傷というのを辞書で調べれば「根拠のない悪口をいい、他人の名誉を傷つけること」とある。ぼくは根拠なしにひとの悪口を言ったことがないし、他人の名誉を傷つけることもない。ぼくが傷つけ貶める可能性があるとすれば、それは自らの間違いに気づかぬ間抜けであり、名誉を欲せぬ卑しい俗物であり、悪口の根拠など山のように出てくるであろうことが予想できる愚かな連中だからだ。

■ブログでの掲載、書籍化にOKしてもらえること
 この点に関しても何ら瑕疵を感じぬ。応募する人間に対して「載せていいか」と再確認するのは慎重に過ぎるきらいがあるが、立派な募集要項であり、高尚な精神の持ち主が書いたのであろうことが伺える名文である。

■日本語、またはロシア語(←うそ)で書かれたものであること
 これは"ロシア語"と書きながら、共産主義的な主張に対する恐怖と畏れを表現しているのであろう。まさか冗談でこのような文章は書くまい。なにしろ面白くない冗談を書く者が「おもしろい作品は書籍化します」などと高邁な態度をとれるわけがないからだ。

 というわけで、ぼくもうそ日記に応募することにした。
 うそ日記の中でなら、どんな夢だって実現できるし、どんな願い事もかなうんだそうだ。
 ぼくも、ブログを通じてたくさん方(原文ママ)に「うそ日記」を楽しんでほしいな。
 ありえないことを想像して幸せになったり(例:全身に巨大なペニスが生えたゆうこりん(小倉優子)が精液を撒き散らしながら空に浮かび上がらないかなぁ)、突拍子もない「うそ」に大爆笑したり(例:えっ!?小泉総理がジャニーズJrをとっかえひっかえご寵愛?!)、ちょっぴり感動したり(「浮浪者が『さみしいことがあるのかい、君は笑顔の方がステキだよ』って声をかけてくれたんですよ、と語るグラビアアイドル)(事実)……さあみなさんもレッツ妄想!

なみだがあふれてとまらない

「世界の終わりってさぁ、ファンファーレじゃなくて、めそめそと地味にやってくるんだっけ」

 携帯電話片手に彼女が友達としゃべってる、ぼくは喫茶店で向かいの席、キャラメルなんとかを飲んでる。

「あのくたらさんみゃくさんぼーだーいー」

 いつの間にか目の前にいたはずの彼女は老婆の形をしたスピーカーに姿を変えていて、くさったにおいがする。店は暗く、テーブルは灰でよごれてる。

「どうしたの?」電話を切って彼女が訊く。ぼくは口の端をあげて、どうもしてないよ、と答える。きれいな店だ、禁煙だから変なにおいもしない。ぼくはポケットの中にあるタバコの箱を握ってしゃべり続ける。ドーンオブザデッドが観たいな、世界の終わりはさ、向こうの方から走って近づいてくるんだよ。

 向かいの席には誰も座ってない。とたんに耳鳴りがサーと鳴り始める。だんだんと手足の先から冷たくなる。あたりが暗くなって、ぼくはおなかが空きはじめる。

まとめてみた

暴力や、怒りについて、書いたもの。
記憶の為に泣くこと
地下室の中でイザベッタは
老人と杖
子供の国

ぼくは好きなんだけど、あんまり感想もらえない系。

記憶のために泣くこと

 知り合いに、人を殺したことのある男がいる。
 先日、彼は、まったくの初対面である若者と、友人と、三人で飯を食った。
 その席で若者は言った。
「洪水で死んだ十数万人全員に感情移入なんて、できないですよ。だから、哀悼の意を表している奴は、偽善的でむかつきますね」
 彼は、驚いた。なぜこの若者は、当たり前のことを、さも重大な思想であるかのように、主張するのだろうか、と。
「うん、知らない人だからね」
 そこで彼は少し嗜虐的な気持ちになって、若者に訊いた。 
「ところで君は、どのくらい知ってるひとなら、死んだときに泣くと思う?」
 若者は答えた。
「親とか死んだら泣きますね…オレ、親と仲いいんで」
 彼は続けた。
「そうか、じゃあ考えてみよう、なぜ君は親が死ぬと泣くんだろう」
「それは、悲しいからですよ、死んだらもう会えないし、大切なひとが死んだら悲しいです」
「今までそばにいた大切な人が、いなくなるのが悲しいんだ」
「そうですね」
「悲しいって何?」
 若者は答えに詰まった。
「悲しいって気持ちは、ひどく利己的なものだよ。自分の元から何かが失せて、感情の抑制がなくなって、涙が出る。それは自分本位な考え方だ。失われた当人にとってみたら、何勝手に泣いてるんだってなもんだよ。大切にしていたハサミが壊れた、悲しい。でもそのとき君が思い出しているのは、君が記憶している、君から見たハサミの生涯であって、それは君の想像の範疇を出ない」
「はあ」
 若者は、目の前にある冷めたグラタンの残りをスプーンでなでた。
「そこでだ、君の言う偽善的なひとは、なぜ見ず知らずの他人の死を悼むことができるんだろうか」
「だから、偽善的に、ひとが死んだら悲しんで見せるのが正しいと思っていて…」
「いやいや、さっき言ったでしょう。ひとが死んだのを悲しむのは、利己的な、自分本位な考え方だから、ちっとも善じゃないんだよ。むしろ、身近なひとが死んだら悲しんで、知らないひとが死んでも悲しまない君の方が、善なるものの存在を信じている時点で、えらいこと偽善的だね。ぼくはさっきから、なぜ君が数十万人に感情移入できないことを自慢げに語ったり、哀悼の意を表明するひとを偽善的であると断罪したりするのかを考えていたんだ。つまりそれは、君が善なるもの、真実の愛とやらを信じているからじゃないのかなあ。だとしたら、君の発言は矛盾している。真の愛というものが存在するならば、それは数十万人の死者にだって同等に与えられてしかるべきものだからだ。というよりも、君自身がその矛盾に気づいていて、どこかに存在する真実の愛と、その模倣をする誰かを想定して、戦わせているんじゃないかなあ、脳内で。ぼくは映画を観て泣くけれど、親しいひとが死んでも泣くし、作品しか見たことのない作家さんが死んで泣くこともある。でもそれは、ぼくが真実の愛を持っているからじゃない、ぼくだって数十万人の死者に感情移入することはできないもの。ただぼくができるのは、そのひとがぼくに与えてくれた記憶、映画なら二時間くらいの、親しいひとならもっと多く、作家さんは作った作品が目に触れただけの時間を費やした、ぼくが記憶したぼくの記憶、上書きされることなく保存されてしまうだけの、無用となってしまう記憶のために泣くことだけだと思う。それは自分勝手でちっとも善なることではないけど、ぼくは誰かが死んで泣くのを善なることだとは思わないから、問題を感じない。これはぼくの想像だけど、数十万人に哀悼の意を表せるひとってのは、ほんの数行の言葉でも感情移入ができるだけなんじゃないかな?ならば、君がそのひとの感情の動きを想像できなくても仕方ない、だって人間は自分の脳が処理できない情報は、理解できないからね」
 そこで、黙ってしまった若者のかわりにか、同席していた彼の友人が訊いた。
「じゃあ、ひとが死んで悲しむのは、悪いことなのかな?」
 彼は答えた。
「うーん、利己的だろうが、自分本位だろうが、悲しいという感情は脳内で生まれてしまうのだから、その感情が現れた間は、悲しめばいいと思う。それをひとに強要したりしなければ、悪いこととは言えないんじゃないの。というか、感情に良いも悪いもないよ。どうせ脳味噌なんてさ、神経が少し多く集まっただけのこぶなんだし、その中に生まれたものが良いか悪いかなんてのは、それによって何か外に変化が起こってから決めればいいんじゃない」
 それからしばらく友人と脳について話していると、若者は用事を思い出したと言って去っていった。彼は、もう少し「悲しみ」について話したかったのに、残念だと思った。だが、しばらくして、若者のことも、この夜の話題のことも、忘れてしまった。帰り道に月があまりにきれいだったので泣いた、殺した女のことを思い出した、クソをして寝た。

地下室の中でイザベッタは

 犬が嫌いな人なんて、いるのかな?
 あの媚びるような目。叩いても、叩いても、ぼくの後ろをついてくる、従順なまなざし。煮てよし、焼いてよし、種類も豊富なあの犬という生き物を、嫌いな人がいるなんて信じられない。
 パンツを脱いで、ちんちんを握ったまま、考えた。
 部屋には出し忘れたゴミ袋が七個。脱いだ服と抜けた毛。畳の隙間に入った小銭。
 テレビには、豪邸に住む金持ちの醜悪な笑顔と、犬の目をしたタレントのねじくれた顔が映っている。
 時計を見た、午前九時、ちんちんは硬い、布団は冷たい。
 犬が好きだ、犬の腹の毛が好きだ、ぱんぱんに張った腹の、柔らかい毛が好きだ。
 豪邸のダイニングに、朝食が運ばれてくる。朝食だというのに、金持ちの食事についてくる鉄の丸いフタがかぶせられていて、格好いい。執事が椅子をひき、タレントがおごそかな態度で座る。
 タレントが、夜中の番組で生き別れの両親と再会するのを、見たことがある。同じ顔だ。
 金持ちが、指輪でいっぱいの両手を広げて、料理の名前を言う。
 執事が金属の丸いフタを開ける。
 ぼくがちんちんを握る。
 白い湯気の中で煮え立っている器、その中には四角い肉片と濃い茶色のシチュー。
 タレントが大げさに驚いて、ナイフとフォークを手にとる。
 生き別れの両親がうれし泣きしている。
 あの肉は犬だ、口に含んだ瞬間、彼は気付く。
 タレントがロケット花火で撃たれる場面のリピート、開場は爆笑。
 ちんちんが硬いのと、同じくらい確かなことだ。
 犬の肉汁がとびはねて、油が舌にまとわりつく。彼は言う。
「おいふぃ~い」
 味わってくれ、味わってくれ、と犬の肉が叫ぶ。
「おいふぃ~い」
 タレントは喜んで喉を鳴らす。顎を大きく開き、前歯で噛み切り、奥歯でこねまわす。
 金持ちが満面の笑みで執事を殴り飛ばす。
 ぼくたち四人は口端から唾液を垂れ流しながら、歓喜の喉笛を鳴らす。
 喜悦の涙を拭きながら、ぼくたちは次にどうすればいいのかわからない。
 右手の速度があがる、金持ちがタレントの隣で微笑んでいる、執事は死んだ、テレビが歪む、タレントが焼けた器に頭を突っ込んで肉をすする、金持ちは執事の死体から猟銃を取り出す、ぼくは肛門に指を突っ込む、タレントがシチューで濡れた顔をあげる、金持ちが猟銃の引き金を引く、ぼくは射精する。
 金持ちが射精する、ぼくが脳漿を飛び散らせる、タレントは死んでいる。

火星のアイドル

おれはアイドルのマネージャーだ。
今日は火星の衛星フォボスでグラビアの撮影があった。
月に一時停泊した船の船長とひと悶着。
テロの危険性にびくついて、船を出さないと言い出す。
これだから古いタイプの人間は困る。
なんとか無理を言って出港してもらった。
船の窓から見える月は次第に小さくなり、ほしぼしに隠れて見えなくなった。
やがてフォボスに着き、ホテルへ移動。
荷物を片付けて、ロケ地に向かった。
テラフォームの進んだフォボスは、地球のアリゾナあたりに似ている。
地形がでこぼこしているから、地平線が丸いのも気にならない。
晴れた空に浮かぶ赤い星が、おれたちを見ていた。
撮影は順調に進んだ。
大きな崖の真下にある、人工的に作った川の中で水着撮影。
崖と言っても巨大で、大きな山に左右を囲まれているように見える。
上の方には、これまた巨大な橋が架けてある。
撮影の最中、おれはヒマだ。
エロカメラマンなら監視の必要もあるが、今回は青年誌のグラビアだ。
煙草を吸いながら、大きな岩に寝転んだ。
崖の上で橋の根本が爆発した。
ズ・ズ・ズとにぶい音がして、ゆっくり煙が膨らんでいく。
ほんとうは、遠くて巨大な煙がものすごい速さで膨らんでいるのだ。
煙の中から大きな岩のかたまりが、こっちをめがけて転がってきた。
崖の壁面にぶつかって宙に浮いてから、回転して別の面をぶつけるまで、2秒はかかっている。
どれだけ巨大な岩なんだろうか。
おれはアイドルを助けに、川の中へ入る。
呆然としたアイドルの腕をつかむが、どこへ行けばいいと言うのだ。
大きな岩は、おれたちの方へ向かってくる。
とりあえずおれたちは岸にあがり、走った。

気づくと薄暗く、土の上におれは倒れていた。
体中に砂埃がついている。
おれの横にはアイドル。
見ると、足が片方変な方向に曲がっている。
痛くはないらしい。
たぶん薬のせいだろう。
大きな岩は、崖の中腹に挟まっていた。
あまりに大きくて、底まで届かなかったのだ。
撮影クルーは誰もいない。
おれはアイドルを背に負うと、ホテルへ向かった。
アイドルはしきりにおれを心配している。
足が折れているくせに、気のいい子だ。
おれは彼女の名前を知らない。
すこし、すまないな、と思った。

と、いうわけで

ひとまず『GoGo』はおしまいです。
しばらくショートを書いて、ストックがたまったら、中短篇に挑戦、というペースでやっていきたいと思います。
何か読みたいテーマやシチュエーションがあったら、コメント欄に書いてみてください。
あと、なんだろうなあ、ひとことで良いので、感想などもらえるとさいわいです。

『GoGo』 第十三話 『静かな会話』

 彼と彼女は、エレベーターから部屋に行く間に何がいるのかも気づかないほど興奮していた。二人は気がつくとベッドの上に裸で寝て、巨大な青黒い性器が、濡れて開いた陰部に入るのを感じていた。
 彼女の前方にある、鏡張りの天井が、ゆるやかに波打ちながら目の前に迫り、また遠のいてゆく。ベッドがきしみ、その音が狭い箱の中を埋めてしまう。
「こういう音楽のことを何と表現するか、知っているか」
 男は閉じたドアの前に立ったまま、エスに聞いた。
 知らない、そうエスが答えると、男は言った。
「彼女の声と彼の息遣いと粘液のこすりあう音が、リズミカルなスプリングの打律に合わせて奏でられた。こう表現するんだ」
 自慢げに、遠くを見るように、ジャックはつぶやいた。
 エスがその陳腐な表現を口の端で笑うのも見えないほど、丸いサングラスの奥にある男の丸い眼球は濁っていた。

 エスがジャックに会ったのは三日前、まだ部屋の中で性交している男と女が、組事務所の金庫から書類と金を奪う前の話だ。地下の駐車場で犬の干し肉をくちゃくちゃと噛みながら話す、笹本と名乗る坊主頭の若いやくざが連れてきたのが、ジャックだった。
 笹本は犬の干し肉を噛みながら、エスにジャックを紹介した。曰く拳銃の名手、曰く捕まれば死刑確定、曰く曰く曰く。ジャックは笹本が話している間、ずっと興奮していて、てらてら光る陰茎みたいな視線をエスに向けていた。
 エスはもう、ひとりで、随分の間ひとりで交渉の現場に来るようになっていた。
 車を与えられ、笹本が帰ったあとで、ジャックがひとしきり自慢話を終えると、エスは訊いた。
「笹本さんが犬の肉を食べる理由って、知ってる?」
「さあ、知っているのか」
「知らない」
「あの男に何かをする理由なんてあるもんか」
「そうかな」
「そうだ」
 しばらくエスが黙っていると、男は頼まれもしないのに喋り始めた。
「いいか、男は目を見ればわかる、お前はまだ若いから知らないかもしれないがな、男の価値は目で決まるんだ。笹本の目は死んだ魚の目だ、顔も魚に似ているし、肌も魚みたいにぬるぬるした銀色に見える。あいつが何かをするのは上に頼まれたからするんだし、周りがするからするんだ、理由なんてあるもんか、男の価値は目で決まるんだ」
 ジャックは何度も、目で決まる、目で決まると言った。暗い車の中では、叫んでいるほどに聞こえた。
「笹本さんが大事にしているもの、見たことある?」とエスが訊いた。
「さあ?大事にしているもの?」
「瓶の中に、入ってるの、アルコール漬けの、犬の目玉」
 ジャックは臓躁めいた笑いをたてたが、何かが面白くて笑ったわけではなかった。何が面白いのか、ジャックにわかるわけがなかった。ジャックは笑っていた。
 エスはジャックの目玉を見た。
 サングラスの奥でぐるぐる動く丸い目は、腐った目玉焼きみたいだった。

 ホテルのドアに背をつけて、ジャックは拳銃を取り出した。
 エスがドアの閂に刃をまわしてあてると、軋んだような音がして、金属の小さな部品が落ちた。
 支えをなくしたドアがゆっくり開く。ジャックは息を止めてドアと同じ速度で部屋に入ったが、部屋に入ると結局息を続けるのだった。
 ドアのすぐ近くに、脱ぎ散らかした抜け殻が転がっていた。倒れたかばんから、こぼれる札束と二冊のパスポート。部屋の奥からは意味のわからないわめき声と、腰を打ち付けあう音、ベッドの軋み。短い廊下の奥にある部屋は昼間のように明るく、歩いて近づくと天井を向いた女の両足が見えた。
 拳銃を持ったジャックの腐った口から出る息遣いが荒くなり、後ろに立ったエスにまで聞こえてきた。
 ベッドの縁が見え、二人の股から分泌される粘液がしたたりおちていた。
 部屋に充満する蒸気と熱、ジャックは興奮していた。
 拳銃を構えたジャックが部屋に飛び込み、銃をベッドに向けた。くぐもった軽い銃声が三つ鳴り、ジャックの綺麗な黒いロングコートに穴が開いた。壁に背中をつけて驚いているジャックの腹に、もう二発の銃弾が撃ち込まれ、ジャックはしゃがんでしまう。ジャックのぼんやりした口から大量の黒い血がこぼれて絨毯に落ちた。ジャックの腕がぐにゃぐにゃとベッドの方を向くと、間近に迫った小さな銃から一発の銃弾が飛び出して、可哀想なジャックの胸に大きな穴を開けた。
 硝煙が白くけむり、部屋のライトはジャックの血を浴びて赤く染まった。
 エスはゆるりと部屋に向かった。
 ベッドの上に立った男は、エスに背中を見せていた。ジャックを殺した自慢げな背中には、まだスジ彫りのままの、龍が昇っていた。
 女が気づく前に、エスはベッドの上にふわりと飛び乗り、腕から生えた刃物で、男の後頭部を削いだ。次に痙攣した男を蹴ると、そのまま重なった二人の上に乗った。女は枕の下に手を入れて、エスを見ていた。
 男の後頭部から、赤黒い液体があふれて女の口元を濡らした。
 何秒間か視線を交わし、女は「ありがと」と言って、枕の下で銃爪を引いた。

 部屋には枕の羽毛と硝煙が舞っていた。女の砕けた顔面は笑っていた。哀れなジャックは一度も銃爪に触れないまま、死んだ。ジャックと呼ばれたがった男の死体から、小便が漏れ始めていた。生きているうちに怯えて漏らさなかったのが、唯一のなぐさめだった。

 しばらくすると、部屋に解体屋たちが来て片づけをはじめた。ひとつも目線を合わせないまま、解体屋たちはジャックの死体を小突いて訊いた。
「一緒に捨てて」
 エスはそう言って部屋を出た。

 繁華街を歩きながら、エスはポケットの中から丸いボルフボール大のぶよぶよしたものを取り出した。ジャックは相変わらずどんよりした目でエスを見ていた。
「あの言葉の意味、わかる?」
 エスは頭の中で、ジャックに聞いた。
 エスが強く握ると、ジャックはぐにゃりと歪んでエスの掌に射精した。
 どろどろした半透明の液体を排水口に投げると、どぶねずみがそれを食べた。

『GoGo』 第十一話

 窓のそとから甘い香りを感じて、鮫島はゆっくりと身を起こした。
 夜明け前の薄曇りが空を覆っていた。
 少し離れた大通りを通り過ぎる貨物運搬車の静かな響き、その響きが木枠で囲われたガラス窓を揺らし、四畳半の部屋中を小さな鈴の音で満たした。
 天井から下がった裸電球が揺れていた。
 鮫島は、畳の上に敷いた赤い毛布を細い指で引き寄せて、その中に残った温もりに身を埋めた。
 眉の上で切り揃えられていたはずの、黒い前髪は、下瞼に触れるほどに伸びて、視界を埋めた。壁際に置かれた黒電話と携帯電話の充電器。枕元の電光表示式電子時計が5時37分を指していた。
 禁止事項はなにもなかった。けれど鮫島は外に出ることも電話をかけることせずにいた。日に一度平岡の部下が運んでくる食事を少しだけ食べ、眠る日々が続いていた。

「お前は動物じゃないよな、人間だ、例えようもないほどに人間だ」と、この場所に来る車中で、平岡は鮫島を評した。
「たとえば、弱った体を引き摺って死地へ向かおうとする象か、或いは縁の下にうずくまり欠けた歯を舌で転がしながら我が身の老いに対する絶望と諦念を味わう猫のように、動物は、動物のような人間は「ひたひたと迫る死」の恐怖に対して、よりそうようにあきらめる、あきらめて死と共にあろうとする。だが人間は違う、人間は死にあらがう動物だ、死を知り、死と戦い、死を克服しようとする。お前はそういう悩みからも遠い、まるで死なないみたいだ。お前を育てた人間の顔が見たいよ、それとも飼い主かな」
「今はあなたが飼い主だよ」
 鮫島はぽつりと答えた。
「ああ、そうだ、ぼくが君を買った、もちろん調べたりもしないさ、協定だからね、しかし」
「もう死んだ」
「何だって?」
「調教師はもう死んだ、飼い主がどうなったかは、知らない」
 前のめりになっていた平岡は、珍しくシートに深く座りなおして、そのカラカラ回る口を開けて閉め、ゆっくりと開いた。
「ぼくは、死にたくないな」
「大丈夫だよ、私が守るから」

 アパートの前にあるゴミ捨場には、三日ほど前に捨てられた不燃ゴミが積み上げられていて、回収されないまま放っておかれていた。大量に発生した鴉は、アァアァ鳴きながら飽食を貪り、豚のように肥えていた。
 この地域に限らず、都内では最近、ゴミの収集や食料の配給が遅れているらしい、臭くてたまらないんだ、と、平岡の部下は愚痴を言った。
 町のいたるところで、死体が腐って甘く発酵していた。
 鮫島の鼻には、匂いを感じる器官が存在しない。強烈な腐臭はただ鮫島の舌に甘くすっぱい感触だけを与えた。
 ガリガリガリと、黒電話が鳴った。
 受話器からは、平岡の細い声。
「一匹の老いた鴉が若い鴉に悔い殺される夢を見たよ。若い鴉は、ビニールの城を讃える唄を奉じて、空へ向かうだろう」
 電話はそこで切れた。受話器を置き、鮫島は毛布にもぐった。
 ドアの前では平岡の部下たちが、あわてた様子で車を呼んでいた。
 飼い主を見失うと、犬は吠える。
 やがて鮫島は眠った、もう一度電話が鳴ったら起きよう、そう思って寝た。
 数分も経たないうちに黒電話は耳障りな音を立てて鮫島を叩き起こした。
「何でわかったの、助けに来るかと思ったのに」
「本当に危ないときは、私がそばにいるときだけだよ。どうせ鉄の棺桶みたいなところで本でも読んでいるんだろう?」
「ご明察、霞ヶ関でワイン呑んでる」
「ごゆっくり、私は眠い」
「いや、仕事の話なんだが」
「ミサイルは止められないよ」
「ミサイルじゃない、人だ、殺しに来るってさ」
「誰を」
「ぼくを」
 受話器の向こうで平岡が、うれしそうに笑っているのが、鮫島には見えた気がした。
「わかった」
「待ってるよハニー」
 受話器を置いて、鮫島は考えた、髪を切ったら遅れるかな、まあ少しなら大丈夫だろう。
 着替えて外に出ると、平岡の部下が車にたかる鴉を追い払っていた。鮫島はなんだか楽しくなってしまって、素手で肥った三匹の鴉を屠ると、部下に渡して後部座席に身を沈めた。部下は首の骨を折られた鴉の死体を持って、呆然と立っていた。
「早く出して、鴉なんてそこに捨てておけばいいじゃない」
 やがて車が走り出し、あたりには同胞の死体をついばむ鴉の泣き声と、腐臭だけが残った。

『GoGo』 第八話 『道具』

 灌木の隙を抜ける蛇のように、鮫島の身体が床上をすべった。
 火を噴く独製の鉄器を握りながら現れた黒衣の集団は"さめじま"という偽名を持つこの美しい生き物には気づいていなかった。
 破壊すべき対象としての"眼鏡をかけた中年男性"を探すその目共には、黒いタールに身を包んだ白い生き物が、見つけられなかったのだ。
 鮫島は身を翻し仰向けになると、地面と平行に黒衣の集団の足下に滑り込んだ。
 扉の蝶番が外部からの衝撃によって砕け支えるべき扉からゆっくりと手を離して三秒を数えたとき、黒衣の集団は足元から死の圧力を感じた。
 鮫島の右手に握られている刃物、それが太股の内側にある固定器から外されるのを見た者はいない。全員死ぬからだ。左手には平岡の机にあった真鍮の鋏があった。
 平岡はその机の下に隠れていた。机は特殊鉄鋼で覆われ、銃弾を通さない。
 鮫島の右手から生えた流麗な金属が、銃を構えた黒衣の隙間から脇の下へと這い進み、皮膚と筋肉の細胞を分離させながら、肋骨と肋骨の間にその位置を決め、内臓へ進入した。
 その金属のアンカーを手掛かりに、鮫島は上半身を起こした
 特殊部隊と言われる集団は、多様な防護服を身につけている。銃弾を食い止めるジャケット、刃物を通さぬ布地。特に布地はチェーンソウの刃にすら耐えるものが使われている。そのような布地に食い込む刃があればこその接近戦であった。そして、接近戦において刃物が服を貫通し、胴体へ達したあとの対応がマニュアル化されている場合は少ない。なぜならそのとき、その隊員は死んでいることが多いからだ。
 充分な訓練を済ませているはずの男たちが、その間に立った少女を、一秒間、見ていた。鮫島にはその一秒で充分だった。左手の鋏が左に立つ黒衣の口中に消えた。続いて肘から先を切断された男の同僚の下顎が地面に着いた頃、六人から二人に減った彼らは事態の深刻さに気づいたが、その発見が他の人間に伝えられることはなかった。
 なぜなら引き金に指をかけながら向けた銃を鮫島に器用に掴まれた二人の勇気ある若者は、互いの銃から発射された弾丸で顔面を砕かれて、残念なことに口がなくなってしまったからだ。
 返り血を浴びて鮫島が唇を舐めた。
 上気した肌に、興奮の色が見えた。

「鮫島君、次は僕の番だ」
 机の下から陽気な平岡の声が聞こえた。
「君は隠れていたまえ」
 廊下から粗野な足音が響き、ドアのあった場所から銃口が覗いた。
 一斉に火が噴き出され、本棚が砕け掛け軸が散り花瓶が破裂した。
 廊下には背中を壁につけた特殊な人々が八人。
 瞬間。
 地面を揺るがす重低音と部屋を照らす青い光が一閃。
 壁の後ろに立っていた特殊な男の頭が、壁と共に消えた。

「あははははははは」
 特殊鉄鋼机の上に備え付けた巨大な銃の背後で平岡が高笑いを続けていた。背骨に響く音がするたびに、廊下側の壁には二十糎ほどの穴が開く。隠れている特殊な人にも、持っている銃にも、その向こうの壁にも、だんだん大きくなる穴が開いた。
「あははははははは」
 続けて何度もはらわたにひびく音がした。
 自信に満ちあふれた特殊部隊が、病弱な自分の手で簡単に死んでいくことが楽しくて仕方ないのだろう、メガネがずれるのも構わずに平岡は撃ち続けた。
 特殊部隊は全滅した。
 馬鹿のつかう馬鹿の兵器で全滅した。

 地下の通路を歩きながら鮫島は考えた。
 自分には人を殺す才能がありかつそれは生き残る才能でもある、だからこそ平岡に拾われたのだし優雅な生活も手に入れることが出来た、その平岡は何の才能があって生き抜いてこられたのだろう、立ち回りが巧い訳じゃない、法螺は吹くが嘘はつかない、本人は病弱だと言い張るが単に面倒臭がりなだけだ、詩のようなものを書いてはいるがあれはつまらない、まるで高校生が書いたみたいだ、詩といえば新庄とかいったっけあのいつも平岡に詩を聞かされていた若いの、死んじゃったのかな、かわいそうに。

 やがて、事務所のあったビルから遠く離れた地下駐車場の出口に平岡の車がすべり出た。運転は平岡、助手席に鮫島。
 夜の町にはあれほどの殺戮が行われた気配もない。
「これ、遠隔スイッチ。押すかい」
 平岡が百円ライターのような装置を鮫島に渡した。
 何機ものヘリが平岡の事務所に向かって飛んでいく。
 目前には検問所が見える。

 鮫島はスイッチを押した。
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